【ESTプロモーション】 代表 里園侑希さん
「司会者って、ただ進行するだけだと思っていました。でも、実際は“その場の感情をつくる仕事”。一言で空気が変わり、会場の心がひとつになる瞬間があるんです。」そう語るのは、豊田市を拠点に活動するESTプロモーション代表・里園侑希さん。ご当地アイドル、ラジオパーソナリティ、演劇…。人前で表現する世界を歩んできた彼女が、いま“司会業”という道で多くの人の人生の節目に寄り添っています。そのキャッチコピーは「豊田一熱い司会者」。涙あり、笑いあり、鳥肌が立つような緊張感あり。感情を揺さぶる進行が、人々の胸に残る時間を生み出しています。なぜこの道を選んだのか?どんなやりがいや苦労があるのか?そして、里園さんが考える『ハタラク』とは?心を震わせるインタビューです。
ESTプロモーション / 代表 里園侑希さん
1984年愛知県豊田市生まれ。上京後、EXILEバックダンサーや舞台出演を経験し、東日本大震災を機に地元へ戻り、2012年に豊田市ご当地アイドル「Star⭐︎T」初代リーダーに大抜擢。約2年間の活動後、司会業に魅了され2014年に独立。「ふじまつり」「とよた産業フェスタ/爆裂元気ステージ」「安城七夕まつり」など多数の大型イベントで司会を務め、「藤岡観光大使」や「WE LOVEとよたサポーターズ」に就任。豊田市を舞台にした映画「光る校庭」にて俳優の安達祐実さんと共演。二児の母でありながら、豊田一熱い司会者として、豊田を元気にする為に活動中。
職業
司会者/ラジオパーソナリティ
仕事内容
イベントや式典で司会・進行役を務め、会場の雰囲気づくりや進行管理を行う仕事。地鎮祭や竣工式、企業の周年イベント、スポーツイベントなど、普段の生活ではあまり立ち会えない特別な瞬間に深く関わる。そのために事前に主催者と打ち合わせをし、段取り確認・イメージトレーニングなどの準備も行う。また、ラジオパーソナリティとして情報発信やゲストトークも担当する。さらに個人事業として営業・スケジュール管理・経理など運営面も自ら担い、司会の現場と裏方業務を一貫して行っている。
御社の設立と概要について教えてください
2014年4月に個人事業主として設立しました。元々豊田市のご当地アイドルとして活動していましたが、30歳になるタイミングで方向転換を決意し、エフエムとよたとの繋がりを通じてラジオパーソナリティと司会業を並行して始めました。
高校卒業後に東京で芸能界を目指して9年間活動し、東日本大震災をきっかけに地元・豊田市に戻りました。会社員として働きながら週末アイドル活動を続け、劇団「笑劇波」に所属した経験もあります。現在、社員は私ひとりで、拠点を持たず、依頼された現場へ出向き対応しています。
お仕事の内容を教えてください
業種は司会業で、豊田市中心に三河エリアから東海エリアまで幅広く活動し、式典、イベント、地鎮祭、竣工式等の司会を担当します。
「豊田一熱い司会者」というキャッチコピーが付いたきっかけなのですが、以前ある企業さんの20周年の記念式典の司会をさせていただいた時に、司会者なのに感極まって泣きながら進行したことがあって。その姿を見た社長から「これからも豊田の感情を揺さぶる司会者であってくれ」と伝えられたんです。その言葉から、「あ、そういう所も私の魅力なのかな」と自信を持つことができました。それから自分の感情を出しつつも、TPOを考えながら進行をする「豊田一熱い司会者」を意識しながら活動をしています。

このお仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか?
ご当地アイドルの活動中に経験したリポーターのお仕事がきっかけでした。見事に進行し、その場のお客様も巻き込んでいく、ラジオラブィートの司会者さんの姿がかっこいいと思ったんです。出演者の気持ちも上げてくれるし、なんてすごいんだと思いました。その場の空気を作るのは司会者なので、テンションが重要ですよね。地域の皆さんと触れ合ったり、その場で生まれる笑顔だったり、リポーターをした時の喜びがアイドルのパフォーマンス以上に楽しかったんですね。
お仕事の魅力ややりがいは何ですか?
司会業で思い出の一ページに携われることです。歴史的な記念すべき瞬間に携わることができる喜びは司会者ならではです。一番印象的なのが豊田スタジアムで行われた2019年のラグビーW杯に、特別サポーター兼司会者として参加できたことです。2年間にわたる機運醸成イベントの積み上げから始まり、通算6万人のサポーターを目の前にした大舞台でした。国際大会ならではの緊張感の中で記憶に残る仕事ができたと思います。アジア初のラグビーの大会ということもあり、責任の重さも感じましたが、その何倍もの感動が返ってきました。

このお仕事に就くにはどうしたらいいですか?
私の場合はエフエムとよたと提携できたことが大きかったです。経験を積むためには、ラジオ局や事務所に所属したり、アナウンス学校で学んだりするのが王道です。
どこかで経験を積むことで、新しいご縁や提携も生まれやすくなります。エフエムとよたもパーソナリティーを募集しています。喋りの機会が増えると成長するとアドバイスされました。ラジオは毎週話す機会があり、誰でも話せば慣れてくるから、失敗しても続けることが大切だという教えを大事にしていました。話し方の資格は途中で取りました。それが自信にも繋がりますね。
働く環境について教えてください
どんなに自然体に見えても、舞台裏は徹底した準備の連続です。司会の現場に入るまでに、打合せで資料を確認し、自分なりに主催者について下調べを行い、全体の進行を把握したうえで、ゴールを定めて当日までのイメージトレーニングを行い、スタートから最後までの流れを整理して臨みます。緊張感もありますが、毎回その場を楽しみながらマイクの前に立っています。

このお仕事の厳しさや大変さはどんなことですか?
華やかに見えますが、実際は厳しい“個人戦”です。次の案件が約束されているわけではなく、声を潰せば仕事にならない。同日に複数の依頼を受けることもできず、失敗が許されない舞台に常にひとりで立ち続けなければなりません。
だからこそ重要になるのが、日々のコンディション管理です。体調を万全に保つため、家族(子ども)が体調を崩した時には、睡眠をしっかり確保し、空気清浄機の使用や不織布マスクの二重着用を徹底。手洗いと、うがいは1日3回、こまめな換気も欠かしません。どうしても体調が悪い時、ラジオの時は必要な情報は代打で話してもらいます。
子供の頃の夢を教えてください
ワンちゃんを飼ったことがきっかけで、トリマーになるのが夢でした。それから13歳くらいの頃に『SPEED』を見て、自分もなれると思い、同級生に誘われたダンススクールに通うようになりました。『ASAYAN』でドームツアーのダンサーオーディションを受け最終選考まで残り、そこで初めて東京に行きました。高校時代には浜崎あゆみさんのバックダンサーとして名古屋ドームに立ったこともあります。自分が一出演者となった時に、高校生ながら「なんという世界なんだ」と思い、卒業後に上京しました。
趣味や休日の過ごし方について教えてください
趣味は空想することが大好きです。人生について考えたり、本を読んだり、アニメやドラマのフィクションを見て監督の想いに感化されることもあります。ラグビー観戦や、オカリナを吹くことも好きですね。仕事を通じて携わることで趣味につながることがありますね。
休日は猿投山を眺めたり、ドライブや買い物、自宅でアニメ映画を見るなど1人の時間を満喫しています。土日にイベントがない日は家族と過ごします。

最後に、あなたにとって『ハタラク』とは何でしょうか?
喜びの循環と、心のバランスです。私が大切にしているのは、「調和×成長×喜び=働く」という独自の方程式です。社会との調和、自分の成長、誰かの役に立てる喜び。この3つが途切れることなく巡り続けるとき、ただの労働ではなく、人生を豊かにしてくれるものだと感じています。
人の役に立てるのが私の最高の喜びです。人とのコミュニケーションが天職だと思っているんです。将来は地域のプロモーションや、聴覚障がい者と健聴者をつなぐ活動、人々の個性が調和する場づくりに関わっていきたいです。司会者という枠を超えて、場の調和をつくるファシリテーターになれたらと思っています。
イベントの規模が大きくても、小さな地域の式典でも、 里園さんは一切手を抜きません。
「その日のために積み上げてきた人の想いを、ちゃんと届けたい」その覚悟が、彼女の声に宿っています。司会業には確かな技術と経験が必要ですが、その本質は “人の想いを受け取り、場を整える力”。スキルの先にある人間性が、現場を支えています。声で場を整え、感情を灯し、人と人をつないでいく。その一つひとつの積み重ねが、未来につづく景色をやさしく形作っていくのでしょう。
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